産後の恨みは一生、感謝も一生、を思い出した日

公開日: : 最終更新日:2018/07/20 days, 雑記

こんにちは。しのはらえり@erishinoharaです。

もうすぐ第2子が生まれるこのタイミングで、母に「今回は何もしてあげられなくてごめんね」と言われて、ココロがドロドロしてきたお話です。

家族関係が良好で、お母さん大好き!な人は、ここでそっと「戻る」ボタンを押してください。

1人目は里帰り出産しました

空港

1人目は里帰り出産を希望しました。

その頃は、パーキンソン病を発症して1年ほどの父もまだ会社に通っていたし、何より初めてのことで不安で、臨月に1人で過ごすのが怖かったから。

それを母に伝えたところ、何度か難色を示されました。

途中で病院を変えない方が良いんじゃないか、とかなんか色々言われました。

まぁ、でも最終的にはわたしの不安な気持ちを納得してくれて受け入れてくれたんですけど。

全然休めなかった里帰り

32週あたりから、産む方の病院で健診を受けなくてはいけないから、それくらいから実家に帰りました。

それとほぼ同時に、父の具合が悪くなり、父は会社を休みがちになりました。

母からしたら、子育てが終わり10数年、かなり自由に過ごしてきたのに、ここに来てまた3度の食事を気にしたり、父の具合の悪さに戸惑い、気を揉んだのでしょう。

母のご機嫌を取らないと、わたしにもとばっちりがくるので、全く休めず、母に気を使う日々が始まりました。

そんな中出産を迎えました

そんな中、無事に息子を出産しました。

ただ、わたしは無事に産むことをゴールにしていて、産後の育児のことを全く調べていなくて、戸惑い、不安になりました。

母はわたしや息子を産んだ後は、祖母が色々とやってくれたそうで、沐浴もしたことがない。

抱っこはしたいけどお世話はできない。

そんな感じだったから、母は頼れない。

それなのに口だけは色々出してきました。

授乳の時間が長いから、うまく飲めていないんじゃないか、とか。

ただでさえ、産後ホルモンバランスが崩れ、不安に感じることが多い中、母を頼ることはできないのに責められるような事は言われ、わたしのイライラも募りました。

頼れる人もいない、休める場所もない、そんな里帰りでした。

週末、夫がいる時だけが心身ともに休める時だった

週末、息子に会いに夫が来ました。

息子を一緒に見てくれるし、わたしも気持ち的に休めて、心身ともに安らぎました。

ただ、その反動で日曜日の夜、夫が帰ってしまう時に、また不安で不安で泣いてしまいました。

母は、それを良く思いませんでした。

とあることから衝突

そんなことがあったり、父の通院の日も近づいているのに、父の具合は悪化する一方。

わたしは睡眠不足と不安と、抱っこ以外何も出来ないのに、口だけだしてくる母への不満が溜まりに溜まっていました。

そんなわたしの様子と、母のイライラや父の通院が無事行けるかの不安があったのだと思います。

きっかけはもう覚えていませんが、母が大爆発してきたので、こちらも売りことばに買いことば。

大ゲンカになりました。

退院して1週間くらい経った頃でしょうか。

どんな流れでそんなことを言ってきたのか忘れましたが、

「夫くんが帰るからって泣いてバカみたい!

だったら最初から里帰りなんかしなきゃ良かったじゃない!

こっちだって望んできてもらってるわけじゃないんだよ!」

と言われました。

もうダメだと思いました。

この人(母)とは、一生距離を取って生きていこう。

母として、女性として、友人として、人として…

どんな立場だとしても、泣いている心情や理由を聞こうともせず、寄り添おうともせずに攻撃してくる人間には近づきたくない。そう思いました。

第2子はもちろん里帰り出産はしません

産後1カ月の健診を終えてから、自宅に帰る予定でしたが、そんな大ゲンカをしたので、すぐに里帰りを終わらせました。

ケンカをした翌日には、母は冷静になり孫と離れるのが寂しくなったのでしょう。

「予定通り、健診終わるまでここに居たら?」と言ってきました。

この人、昨日自分が言ったこと、全く記憶にないのかな?どうしたらそんなこと言えるんだろう?

謝ってきた訳でもないのに、何事もなかったように振る舞う母に不信感しか抱きませんでした。

自宅に戻ってからも、電話で嫌味を言われたり、再度ケンカになったり、とにかく大変だったので、今回第2子を妊娠した時には里帰りしようとは微塵も思いませんでした。

息子の幼稚園のプレスクールがあったり、父の具合も3年前とは比べ物にならないくらい悪くなっているので、母との関係が良好だったとしても行かなかったと思いますが。

義母には感謝しかない

唯一の救いだったのが、義母が助けてくれたことです。

義母はNPOで子どもに関わる活動をしていることもあり、赤ちゃんから幼児の扱いは慣れている人でした。

そして、今のお母さんの声を聞く機会が多く、わたしにも困っていたら周りの情報を元にアドバイスはくれるけど、余計な口出しはせずにいてくれたので、とてもありがたい存在でした。

義母世代の育児の常識!みたいなことの押し付けも全くありません。それは今もそうです。

何より、孫もかわいいけれど、お母さんが笑顔でいることが大切!と言ってくれるので、わたしが笑顔でいることを気にかけてくれます。

とても救われました。

そんな義母が近くに住んでいるので、里帰りせずに第2子を産むことを決めることができました。

もし、息子たちが結婚して子どもを授かることがあったら、わたしもそんな風に接したいと思っています。

適度な距離を取っていたけれど

母とは適度な距離を取っていました。

取れるように、この3年で何とかしてきた、という感じでしょうか。

わたしももう割り切って、わたしの良いタイミングで「孫に合わせてやる」としか思わなくなりました。

「孫に会いたい」と言われても、スケジュールやメンタル的に無理だったら断るし、気が変わったらOKするし。

何も求めないので、何を言われても無視しようと決めてからはラクになりました。

それなのに、なぜ今頃、こんなにドロドロした感情がまだ湧き出てきたのか。

きっかけは母の一言でした。

「今回は何もしてあげられなくて、ごめんね」

もう解放されたと思っていたけれど

もう母には何も求めないし、こちらも期待に応えない、好きに生きると決めていましたが、そう言われてカチンときました。

え?頼ると思っていたの?前回あんなだったのに。

ていうか、父の状況考えたら、前回円満でも行かないよ。

そんなに「良い人」でいたい?

そんな風に思っちゃいました。

そんな自分に気づいて、「あら、まだまだだったのね。わたし」と思いました。

フラットに聞き流せることが出来たら、本当に解放された時なんだろうな、と思います。

それはまた、時間をかけて、ゆっくりと取り組もうかな。

第2子はどうやら娘っぽいので、わたしも学び直したり、思い直したり、息子とはまた違う悩みにぶつかりながら、母とわたし、わたしと娘、わたしの真ん中にあるものをじっくり見ていこうと思います。

ここまで読んでくれて ありがとうございます!

こんなドロドロした、とりとめのない話にお付き合い頂きありがとうございました。

あー、スッキリした!

出産・育児、がんばるぞー!!!

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